備前国一宮「吉備津彦神社」です。岡山県岡山市北区一宮に鎮座します。岡山市西部、備前国と備中国の境に立つ吉備の神体山中山(標高175m)の北東の麓に東を向いて鎮座されています。
主祭神は大吉備津彦命。四道将軍としてこの地に遣わされました。吉備津彦神社は大吉備津彦命が中山の麓に住まわれた「住居地」に神社が出来たと伝わります。備中国一宮の「吉備津神社」とは1.2kmしか離れていません。由緒については備中国一宮吉備津神社と同じです。
社殿が東を向いていることから、夏至の日に正面鳥居から日が差し込んで祭文殿の鏡に当たる造りになっていることから「朝日の宮」と呼ばれています。
岡山市内の神体山中山に備前・備中の国境を設定した事でお互いの国の一宮が至近の距離に。どうしてここに国境を設定したのか疑問が湧きますが、吉備から分国した互いの国において神体山中山・祖神大吉備津彦命に対する譲れない強い信仰を感じた参拝となりました。福山にある備後国一宮「吉備津神社」も同じなのか、吉備国全体を知るために備後国一宮「吉備津神社」の参拝も楽しみになりました。
主祭神は大吉備津彦命。四道将軍としてこの地に遣わされました。吉備津彦神社は大吉備津彦命が中山の麓に住まわれた「住居地」に神社が出来たと伝わります。備中国一宮の「吉備津神社」とは1.2kmしか離れていません。由緒については備中国一宮吉備津神社と同じです。
社殿が東を向いていることから、夏至の日に正面鳥居から日が差し込んで祭文殿の鏡に当たる造りになっていることから「朝日の宮」と呼ばれています。
岡山市内の神体山中山に備前・備中の国境を設定した事でお互いの国の一宮が至近の距離に。どうしてここに国境を設定したのか疑問が湧きますが、吉備から分国した互いの国において神体山中山・祖神大吉備津彦命に対する譲れない強い信仰を感じた参拝となりました。福山にある備後国一宮「吉備津神社」も同じなのか、吉備国全体を知るために備後国一宮「吉備津神社」の参拝も楽しみになりました。
由来書です。
正面参道にある鳥居です。右に見えるのが神体山の中山です。
参道です。
隋神門です。1697年池田綱政公により造営。両脇にある石燈篭は高さ11.5mで石燈篭として日本一の大きさです。
拝殿です。1936年火災から再建。
拝殿にある扁額です。
左から拝殿、祭文殿、渡殿と続き本殿とつながります。
本殿です。1697年に再建。
社殿が東を向いていることから、夏至の日に正面鳥居から日が差し込んで奥の祭文殿の鏡に当たる造りになっていることから「朝日の宮」と呼ばれています。
境内右にある七つの末社。
温羅神社です。境内左にある3つの末社。
御朱印です。
桃太郎神楽の特別御朱印も頂きました。
以下ウィキペデイアより抜粋
所在地 岡山県岡山市北区一宮1043
位置 北緯34度40分36.31秒 東経133度51分49.87秒座標: 北緯34度40分36.31秒 東経133度51分49.87秒
主祭神 大吉備津彦命
社格等 備前国一宮
旧国幣小社
別表神社
創建 不詳
本殿の様式 三間社流造
別名 朝日の宮
例祭 10月第3土曜・日曜
主な神事 御田植祭(8月2日・3日)
流鏑馬神事(10月第3土曜・日曜)
メモ 117