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全国一宮、各県有名寺、日本100名島の巡回の日々。自分を見つめるための少し長い旅。楽しみです。

20210418下野国一宮二荒山神社(日光・宇都宮)

下野国一宮二荒山神社日光・宇都宮です。
 
 ①日光二荒山神社です。栃木県日光市山内2307に鎮座します。
主祭神は二荒山大神・ご神体 日光三山です
大己貴命→男体山(二荒山)・田心姫命→女体山・味耜高彦根命 →太郎山
創建 本社は767年・中宮祠784年です。
「日光」は「二荒(にこう?)」の音読み。空海が当て字したと言う言い伝えがあるのを初めて知りました。二荒山(男体山)頂上付近は1万点を超える祭祀遺物が発見されている国内有数の祭祀場。長い間、山岳信仰の祈りの場であり、二荒山のふもと&中禅寺湖畔にある中宮祠にその雰囲気を強く感じました。
 
二荒山大神(日光三山三神の総称)
男体山(二荒山) 大己貴命(大国主神)国津神
女峯山      田心姫命(タキリビメ 父 須佐之男命 配偶者 大国主神 宗像大社沖津宮)
太郎山      味耜高彦根命 国津神 大国主と田心姫命の子供 農業神・蛇神・雷神
関東平野北部、栃木県北西にそびえる日光連山の主峰・日光三山を神体山として祀る神社である。境内は次の3ヶ所からなる。
 
以下ウィキペデイアより抜粋
所在地 本社:栃木県日光市山内2307[1]
中宮祠:栃木県日光市中宮祠2484
奥宮:栃木県日光市中宮祠二荒山
位置 本社:北緯36度45分30.32秒 東経139度35分47.00秒
中宮祠:北緯36度44分30.41秒 東経139度29分12.54秒
奥宮:北緯36度45分52.97秒 東経139度29分23.97秒
主祭神 二荒山大神
(大己貴命、田心姫命、味耜高彦根命の総称)
神体 日光三山(神体山)
社格等 式内社(名神大)論社
下野国一宮
旧国幣中社
別表神社
創建 本社:神護景雲元年(767年)
中宮祠:延暦3年(784年)
奥宮:天応2年(782年)
本殿の様式 八棟造(本社本殿)
例祭 4月13日-17日(弥生祭)
 
 
①本社(栃木県日光市山内)
本社 - 日光の社寺最奥に鎮座。
別宮本宮神社 - 日光の社寺入口、女峰山登山口入口。
別宮滝尾神社 - 女峰山登山口入口奥。
 
東照宮からの参道

 
日光二荒山神社拝殿(1617年建立)

 
由緒書の案内板です。

 
本殿(1617年建立)

 
日光二荒山神社御朱印です。

 
②中宮祠(栃木県日光市中宮祠) - 中禅寺湖畔。男体山表登山口入口となります。
奥宮(栃木県日光市中宮祠二荒山) - 男体山山頂。
日光三山は男体山(なんたいさん:古名を「二荒山(ふたらさん)」)・女峰山(にょほうさん)・太郎山からなり、二荒山神社ではそれぞれに神をあてて祀っております。三山のほか日光連山を境内地とし、面積は3,400haにも及び、その神域には華厳滝やいろは坂も含まれます。勝道上人が767年二荒山(男体山)の神を祭る祠を建てたことに始まるとされております。実際は神社周辺で古代の祭祀の痕跡を示す遺跡がたくさん見つかっており、相当古くから聖地として信仰対象であったと思われます。
 
中宮祠

 
男体山にある奥社への昇拝口 男体山山頂への古道となります。

 
中宮祠の御朱印

 
健康祈願、お金に困らないために男体山の御朱印もいただきました。

 
男体山です。

 
⑵下野国一宮宇都宮二荒山神社です。 栃木県宇都宮市馬場通りに鎮座します。
主祭神は第10代崇神天皇皇子である豊城入彦命です。東国の治定にあたったとされ、上毛野君や下毛野君の始祖とされております。宇都宮市の中心部、明神山(臼ヶ峰、標高約135m)山頂に鎮座されております。創建は仁徳天皇41年と伝わります。豊城入彦命を祭神として古くより崇敬され、宇都宮は当社の門前町として発展して参りました。また、社家から武家となった宇都宮氏がよく知られております。社殿は創建以来何度も火災に遭っており、現在の社殿は戊辰戦争による焼失後の明治10年(1877年)の再建されたものです。
 
以下ウィキペデイアより抜粋
所在地 栃木県宇都宮市馬場通り一丁目1番1号
位置 北緯36度33分45秒 東経139度53分9秒座標: 北緯36度33分45秒 東経139度53分9秒
主祭神 豊城入彦命
社格等 式内社(名神大)論社
下野国一宮
旧国幣中社
別表神社
創建 (伝)仁徳天皇41年
本殿の様式 神明造
例祭 10月21日

 

拝殿 戊辰戦争焼失のため明治10年に再建

 
本殿 戊辰戦争焼失のため明治10年に再建

 
由緒書です。

 
御朱印 宇都宮鎮座と記載

 
メモ 124