miyajundesu blog

全国一宮、各県有名寺、日本100名島の巡回の日々。自分を見つめるための少し長い旅。楽しみです。

20230208阿波国一宮論社 一宮神社

 
阿波国一宮論社一宮神社です。徳島県徳島市一宮町に鎮座します。式内大社阿波一宮「天石門別八倉比売神社」の論社の1つです。主祭神は大宜都比売命(別名・天石門別八倉比売命)です。元々は徳島県名西郡神山町神領の大粟山に鎮座する上一宮大粟神社が阿波国一宮でしたが、時代が進む中で山中にあるため参拝に不便であるため、平安時代後期に国府の近くに分祠され、一宮神社が一宮となったと伝らります。町名も千年前から一宮と名付けられております。鎌倉時代の阿波守護の小笠原氏(南朝系 後に一宮氏を名乗る)が築城した徳島県最大の山城であった一宮城の麓にあります。江戸時代藩主となった蜂須賀氏により社殿が造営され、神馬を奉献したと伝わることから長く崇敬されます。
阿波国一宮は式内大社「阿波国名方郡 天石門別八倉比賣神社」の論社とされる神階の高い「天石門別八倉比賣神社」、そして大宜都比売命を祀る「上一宮大粟神社」、参拝の不便に国衙の近くに分祀されたここ「一宮神社」と三社あります。いずれも現在においても篤く崇敬を集めている論社3社だと感じた参拝となりました。
 
一宮城側の脇参道と注連柱です。

 
神橋です。渡る事はできませんでした。蜂須賀侯より寄進されたものだそうです。

 
神橋先の鳥居と拝殿です。

 
拝殿の扁額です。一宮大明神とあります。

 
本殿です。国の重要文化財です。1630年に建立されています。

 
拝殿前の神馬像です。

 
一宮城(廃城)の案内板です。一宮氏が南朝系の武将であり、北朝系細川氏に敗北和解したことから、実質的な一宮のポジションが北朝系細川氏が推す大麻比古(おおあさひこ)神社に移行したと云われております。

 
御朱印です。

 
 
以下ウィキペデイアより抜粋
 
所在地 徳島県徳島市一宮町西丁237
位置 北緯34度2分16.1秒 東経134度27分45.5秒座標: 北緯34度2分16.1秒 東経134度27分45.5秒
主祭神 大宜都比売命
天石門別八倉比売命
社格等 式内社(大)論社
阿波国一宮論社
旧県社
本殿の様式 流造
例祭 10月18日
 
メモ 179