miyajundesu blog

全国一宮、各県有名寺、日本100名島の巡回の日々。自分を見つめるための少し長い旅。楽しみです。

20230311奈良県磯城郡田原本町 多坐弥志理都比古(おおにますみしりつひこ)神社

奈良県磯城郡田原本町大字多字宮ノ内に鎮座します多坐弥志理都比古(おおにますみしりつひこ)神社です。「多神社(おおじんじゃ)」と呼ばれております。
創建は綏靖天皇2年、紀元前580年と社伝にあります。祭神は第一殿に初代神武天皇・第二殿に綏靖天皇の同母兄の神八井耳命(かんやいみみ)第三殿に綏靖天皇、第四殿姫御神(玉依姫命・神武天皇母君)です。春日造が4棟並ぶ四殿にて配祀されております。現在修復中で神職の方とのお話で令和10年に終了すると教えて頂きました。
多氏の拠点地で、祖神である神八井耳命を祀ったと云われます。神八井耳命は弟の綏靖天皇に皇位を勧め、自身は天皇の祭祀面で補佐役となったと伝わります。多氏の子孫はヤマト王権で、奉斎氏族として活躍され、阿蘇神社神主家の阿蘇氏や古事記編纂の太安万侶(おおのやすまろ)もその末裔とされます。
多神社は奈良盆地の真ん中に位置し、東に三輪山、西に二上山、南に畝傍山、北は平城京跡の4点の交差地で、盆地の低地にありながら隆起した小丘の上にあります。盆地の人々がどこからも行きやすくそして目的にしやすい、そして東・南・西の山と太陽の位置から暦を把握しやすい事から、古代から理想の祭祀場所とされてきたと云われます。実際、弥生時代の集落遺跡として知られます。境内からも本当にヤマトの地を感じさせる囲まれる山々のど真ん中にあるのどかな田園の景色がヤマトの悠久の時の流れを感じさせます。
自分の関東から来ましたと伝えたところ神職の方から、一族の中で、大和から常陸への移住した分派もあり、その道のりで三重県四日市の太神社(主祭神神八井耳命)や茨木県潮来市大生神社(鹿島の本宮と呼ばれる)等、一族が氏神を祀った神社があると教えてもらいました。
大和から東日本への多氏の道のりを感じるために、機会があれば教えてもらった神社へ行きたいと感じた参拝となりました。
 
木製の社号標です。

 
二の鳥居です。

 
拝殿と修理中の本殿です。

 
本殿の祭神は第一殿に初代神武天皇・第二殿に綏靖天皇の同母兄の神八井耳命(かんやいみみ)第三殿に綏靖天皇、第四殿姫御神(玉依姫命・神武天皇母君)です。春日造が4棟並ぶ四殿にて配祀されております。江戸時代に再建されました。現在修復中で神職の方とのお話で令和10年に終了すると教えて頂きました。

 
御朱印です。工事中なので本来の本殿4殿の様子を知って頂きたく、カラーの図にしたものを用意していると教えて頂きました。修理を終えられる令和10年に是非参拝したいと思わせたお気遣いです。

 
大変きれいで静かな境内でした。正面の建物が社務所。表札の苗字が「多」でした。神職の方のお住まいも兼ねられているのかな。ヤマトの悠久の時の流れを感じました。

 
大和盆地のど真ん中に鎮座します。
 
以下ウィキペデイアより抜粋
 
所在地 奈良県磯城郡田原本町大字多字宮ノ内569
位置 北緯34度32分08秒 東経135度47分11秒座標: 北緯34度32分08秒 東経135度47分11秒
主祭神 神倭磐余彦尊(神武天皇)
神八井耳命(神武天皇皇子)
神沼河耳命(綏靖天皇)
姫御神(玉依姫命)
太安万侶
社格等 式内社(名神大2座)
旧県社
創建 綏靖天皇2年(紀元前580年)
本殿の様式 春日造
別名 多神社(おおじんじゃ)
例祭 4月第3日曜日(おおれんぞ)
 
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