miyajundesu blog

全国一宮、各県有名寺、日本100名島の巡回の日々。自分を見つめるための少し長い旅。楽しみです。

20211112 愛知県津島市 津島神社

愛知県津島市の津島神社です。主祭神は建速須佐之男命。愛知県津島市神明町に鎮座します。相殿神として大穴牟遅命(大国主命)が祀られております。創建 欽明天皇元年(540年)と社伝にあります。中世から近世を通じて「津島牛頭天王社」(津島天王社)として牛頭天王を祭神としておりました。今も東海地方を中心に約3千社ある津島神社・天王社の総本社です。重要な神事を「尾張津島天王祭」と称し今も「天王」に名を残しております。この祭事は600年続けられている提灯祭・舟祭で、平成28年「山・鉾・屋台行事」としてユネスコ文化遺産に登録。織田信長・豊臣秀吉・尾張徳川家も何度もご覧になったとの事です。「神送りの神事」で昔は天王川で行われ、その藁の船が伊勢志摩・知多半島・渥美半島まで流れ着いたという記録が残されています。(現在は天王川の一部の池で行われる)
本殿(清州城主家康四男松平忠吉の室政子の寄進)・楼門(秀吉の寄進)が国の重要文化財。社殿全体が立派な尾張造りでした。尾張において津島は経済の重要な拠点。歴代の支配者が崇敬し支えてきた神社だと感じました。2015年の「天王祭」を拝見したのに続き、今年あらためて参拝できた事、嬉しく感じております。
 
鳥居
 
のんびりした風景です。大きな駐車場でした。
 
南門です。その先に蕃塀(ばんぺい)。神様に正面から邪気が当たらないように建てられている。この地方特有の建造物。尾張地域に主に分布する蕃塀は「不浄除け」、「透垣」、「籬」などとも呼ばれるもの。
 
由緒書きです。
 
脇門の位置に楼門。国の重要文化財。秀吉が1591年寄進。
 
拝殿 右が脇門位置に楼門がある。
 
本殿 1605年家康四男松平忠吉(清州城城主)の健康祈願のため奥さんの政子が寄進。三間社流造り。国の重要文化財。社殿全体が400年前の尾張造の様子を伝えている。本殿(後)、祭文殿(中)、拝殿(前)を回廊で繋いだ左右対称の建築様式で、尾張地方独特の建築様式。
 
天王祭りの由緒書 ユネスコの無形文化遺産
 
巻き藁舟の宵祭りの会場。昔は木曽川の支流天王側の時代は川で行われ、伊勢や遠州、三河に流れ着いたとの事。今は沼。
 
普段は格納庫に保管されいます。
 
信長・秀吉そして歴代の尾張藩主が何度も見学した宵祭り。川の時代はもっと華やかだったそうです。でも幻想的な時間を過ごせて大満足でした。(お祭りの写真は2015年7月時)
御朱印です。
 
以下ウィキペデイアより抜粋
 
所在地 愛知県津島市神明町1
位置 北緯35度10分41.65秒 東経136度43分7.13秒座標: 北緯35度10分41.65秒 東経136度43分7.13秒
主祭神 建速須佐之男命
社格等 旧国幣小社
別表神社
創建 欽明天皇元年(540年)
本殿の様式 尾張造
例祭 6月15日
主な神事 津島天王祭(7月第4土曜日)
 
メモ 90