miyajundesu blog

全国一宮、各県有名寺、日本100名島の巡回の日々。自分を見つめるための少し長い旅。楽しみです。

20211221奈良県吉野郡 丹生川上神社中社

丹生川上神社中社です。奈良県吉野郡東吉野村に鎮座しております。
794年祭神罔象女神(ミズハノメカミ)の神託を受け祀られたのが丹生川上神社の創始となります。古来から祀られてきた水利水運・山林耕作農業の一切を司る水神であるとも云われます。また紀州一宮丹生都比売神社の主祭神丹生都比売大神が聖水を求めてこの地を巡行したと伝わっております。水神の御神威により水力電力をはじめとする水を生業とする人々から篤い信仰が寄せられております。。
平安時代まで雨を司る神として朝廷から崇敬されました。雨師明神・水神宗社として、雨乞いには黒馬を、雨止めには白馬又は赤馬が献上され、763年より応仁の乱の頃までに雨乞い、雨止めの奉幣祈願が96度・また天皇の行幸が50数度と記録されております。水の神に馬を奉ることが、現代にみられる絵馬の起源とされ絵馬発祥の神社のうちの一社と伝わっています。
丹生川上には初代神武天皇が東征の際に祈りを捧げた伝説があります。丹生川上神社の神域に「夢淵」があります。夢淵は木津川、四郷川、日裏川の3河川が合流する地点。そこから高見川となり、さらには吉野川、和歌山に入ると紀の川となります。中央構造線と「朱」との関係を感じさせます。日本書紀によれば、神武天皇大和平定の折、戦勝祈願のため丹生川上の地で、敵陣の土を使い御神酒入れる壷を造りそれを夢淵に沈めました。お酒に酔った大小の魚が浮かび流れる事により、勝利を占われた伝承地とされています。昭和15年文部省による神武天皇聖蹟に指定されています。
この時、水面に浮いて流れ出た魚こそ「魚」に「占」と書く「鮎」でありました。天皇陛下御即位御大典に用いられる萬歳旛の一つに丹生川の水面と瓶、そして鮎の模様が施されているのも、神武天皇の伝承による当神社由来との事です。
次回は丹生川上神社の上社・下社と共に吉野・宇陀から高野山への参拝の旅を1週間ほどの日程でじっくり巡りたいなと感じた参拝でした。
 
鳥居です。吉野の山奥の清流の流れる場所に神社が鎮座していました。清々しい空気が印象的でした。

 
御由緒書

 
拝殿です。

 
拝殿より一段高いところに本殿がありました。三間社の流造様式です。

 
拝殿奥の黒馬・白馬の絵馬は関西電力・東京電力が奉納。馬から絵馬へ移行しました。

 
摂社丹生神社です。神社の川向いにあり、丹生川上神社の旧社地。「元宮」。神武天皇の御代は神籬式の神として崇敬され、天武天皇白鳳4年(675)に初めて社殿を建て、創祀されたと伝わります。

 
神武天皇東征の際、丹生川上にて親祭をされた「夢淵」です。昭和15年文部省による神武天皇聖蹟に指定されました。

 
夢淵の合流の手前に「東の瀧」という滝があります。 龍神が棲むといわれます。吉野離宮の東にあるということから、この名が付けられました。

 
夢淵の伝説に寄り添い、鮎と甕の御朱印になっています。

 

以下ウィキペデイアより抜粋


所在地 奈良県吉野郡東吉野村大字小968
位置 北緯34度23分25.1秒 東経135度59分10.8秒座標: 北緯34度23分25.1秒 東経135度59分10.8秒
主祭神 罔象女神
社格等 式内社(名神大)
二十二社(下八社)
旧官幣大社
別表神社
創建 (伝)白鳳4年(675年)
本殿の様式 三間社流造檜皮葺
札所等 神仏霊場巡拝の道41番(奈良28番)
例祭 10月16日


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